研究紹介

1)神経由来細胞外小胞分離技術の開発―Brain Liquid Biopsy技術の開発

 細胞外小胞(EV:エクソソームを含む)は様々な細胞から分泌され、血液などの体液中に存在するとされる。中枢神経細胞も例外ではなく、神経由来のEV(neuron-derived EV:NDE)が末梢血中に分泌されていると考えられる。 EVは脂質二重膜に覆われ、その中身、すなわち蛋白、DNA、RNAなどは末梢まで保存されている。従って、特定の細胞のEVを分離できれば、分泌元の細胞の環境を分析できる。つまり、NDEを末梢血から分離できれば、中枢神経の状況を解析できることになる。 そこで、我々は末梢血からEV膜表面にある特殊な神経特異的な蛋白(MPX)に対する抗体を用い、免疫沈降法によるNDE分離法を開発している(図参照)。 近年、がん診断領域では末梢血のEVなどを用いたLiquid Biopsyが開発され、がん組織を直接Biopsyすることなく、非侵襲的にがん診断が行えるようになりつつある。そてになぞらえ、我々はBrain Liquid Biopsyを提案する。すなわち末梢血のNDEを分離し解析することで、精神神経疾患のバイオマーカーの確立を目指している。さらに、Brain Liquid Biopsyは精神神経疾患の病態解明、さらには創薬ターゲットの探索が可能と考えている。 この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「ヒト脳由来エクソソームを利用した認知症患者を層別化する手法の開発研究(研究開発代表者:工藤喬)」として行われている。

2)AIを用いた対話による早期認知症検知システムの開発

 今後、認知症に対する疾患修飾薬の臨床導入を控え、認知症の早期診断は喫緊の課題である。このような状況の中、医療機関での検査につながる簡便な認知症検知システムの開発が望まれる。
我々は画面上のアバターが様々な質問を被検者に投げかけ、その答え方の発語状況や表情をAIに機械学習させて、認知症を検知するシステムを開発している。アバターは日常的な質問をするので、被検者は検査を受けていると感覚ではなく、気軽に対話をするということで、認知症の検知が可能である(動画参照http://www.autism-communication.com/~hiroki-tan/avatar_demo.mp4 )。これは認知症の1つのバイオマーカーといえる。 本研究は、奈良先端科学技術大学院大学との共同研究である。

3)うつ病の分子生物学的病態解明及び治療法開発

 当研究室では従来から小胞体ストレス(*)とうつ病の病態過程との関連について検討してきた。近年、小胞体ストレスによってシグマ1受容体が誘導されることを発見し、このメカニズムとうつ病における白質障害の関連について検討を進めている。実験手法としては、細胞実験や遺伝子改変マウスを使ったストレス負荷実験などが中心である。

*小胞体ストレス反応
1.3つの小胞体ストレス反応
細胞小器官の1つである小胞体(ER)は、分泌蛋白や膜構成蛋白などの折りたたみや翻訳後修飾をおこなう蛋白の「組み立て工場」のような役割を担う。「組み立て工場」が故に「不良品」即ち折りたたみが不十分な或いは不正蛋白(unfolded protein)の出現は宿命のようなものである。カルシウム動態の変化、酸化還元状態の変化、分泌蛋白の過剰産生、ブドウ糖欠乏、糖付加の変化などの細胞内ストレスはERストレスと言われ、ER内のunfolded proteinの増加を来す。そのような「不良品」が「出荷」されないようにERにはunfolded protein response (UPR)と言う「品質管理」機能を有する。現在では3つのERストレス反応(UPR)が想定されている。細胞はこれらの機構によってERストレスを克服しようとするが、何らかの理由でストレスが克服されないと細胞は後述するアポトーシス経路へ導かれる。

a.蛋白翻訳抑制(Translational attenuation) 第1の戦略として、unfolded proteinがER内にこれ以上蓄積しないように、細胞は、蛋白翻訳全般を抑制するという方策を講じる。これは、翻訳開始因子eIF2αのリン酸化によってもたらされる(Shi et al, 1998; Harding et al,1999)。 b.シャペロン蛋白誘導 第2の戦略として、細胞はERストレスによるunfolded proteinのER内での蓄積を察知し、ERから核へ細胞内シグナル伝達を活性化させ、シャペロン蛋白であるBiP、calnexin、やcalreticulinなどを発現誘導する。これらシャペロン蛋白は、ERに蓄積したunfolded proteinの折りたたみを促進あるいは是正する(Sidrauski et al, 1998)。 c.小胞体関連分解 (ER-associated degradation :ERAD) ERに蓄積したunfolded proteinを処理しきれない場合、それらはERからプロテアソームに運ばれ分解される(Bonifacino et al, 1998)。糖蛋白の場合、シャペロン誘導によるcalnexinやcalreticulinはunfolded proteinに結合し、UDP-glucose-glycoprotein glucosyltransferaseとの間にcalnexin/calreticulin cycleを形成する(Deprez et al, 2005)。calnexin/calreticulin cycleにある糖タンパクは、α-mannosidase Tによりmannoseが切り出されると、calnexin/calreticulinを離れ、ER degradation-enhancingα-mannosidase-like protein(EDEM)と結合し、unfoldedか否かを見極められる(Molinari et al, 2003)。EDEMによりunfolded proteinと認識された糖蛋白はtransloconを通ってER内から細胞質へと運ばれ(Lee et al, 2004)、E1-E2-E3 ubiquitin systemによりユビキチン化を受け、26Sプロテオソームで分解される。

2.ERストレスセンサー分子 (図参照)
 UPRはER内のunfolded proteinの蓄積を感知することから始動する。現在まで、ER膜上に存在し、unfolded proteinのセンサーとしてPERK、ATF6、IRE1が報告されている。
a.PERK (pancreatic ER kinase or PKR-like ER kinase)
 PERKはER膜上のT型膜貫通蛋白で、N末端のER内腔領域はERストレスセンサーであり、C末端はeukaryotic translation initiation factor 2α (eIF2α)をリン酸化するセリン/スレオニンキナーゼ活性を持つ(Shi et al, 1998; Harding et al, 1999)。このPERKのストレスセンサー領域はBiP が結合していることで不活性化されている。ERストレスが生じると、ER内に蓄積したunfolded protein(Accumulation of unfolded proteins)はBiPをPERKから引き離し、PERKの多量体化及び自己リン酸化を起こす(Bertolotti et al, 2000)。リン酸化されたPERKはeIF2αの51位のセリンをリン酸化する。リン酸化されたeIF2α(eIF2α-P)は43S initiation complexの形成を阻害し、翻訳開始を阻害する (Translational attenuation)(Shi et al, 1998)。これにより、多くの蛋白はERストレス下では産生が低下するが、転写因子のATF4などは逆に産生が上昇し、特定の遺伝子の転写を上昇させる(Harding, et al, 2000)。それらの1つのGADD34はprotein phosphatase 1 と複合体(GADD34-PP1)を形成し、eIF2αを再び脱リン酸化して、蛋白翻訳を元に戻し、ERストレス反応は終結する(Novoa et al, 2001)。
b.ATF6
 ATF6もER膜上のU型膜貫通蛋白であるが、この分子にも非ERストレス下ではBiP  が内腔側に結合しており、ゴルジ体移行シグナルを阻害している(Shen et al, 2005)。ERストレスに際し、ATF6はBiP との結合を解き小胞輸送にてゴルジ体に運ばれ、site-1 protease (S1P)及びsite-2 protease (S2P)によって細胞質側の膜貫通領域近傍で切断を受ける。できたN末端領域はER膜から離れ核に移行し、ERSEに結合することでBiPやcalreticulinの誘導を促進する(Yoshida et al, 1998)。
c.IRE1
IRE1もER膜上のT型膜貫通のセリン/スレオニンキナーゼであり、エンドリボヌクレアーゼ(RNase)活性を持つ。IRE1の内腔領域はPERKのそれと相同性が高く、非ストレス下ではERシャペロン蛋白であるBiPがIRE1の内腔側に結合していると考えられている。ER内にunfolded proteinが出現すると、BiPが離れ、IRE1は二量体を形成しRNase活性によって自己リン酸化を行う。ほ乳類の細胞では、このリン酸化されたIRE1がXBP1mRNAのイントロンを切り出すことでフレームシフトを起こさせ、C末端に転写促進因子を持つ成熟したXBP1(mature-XBP1)が出現する(Calfon et al, 2002; Yoshida et al, 2001)。この成熟XBP1は核に移行し、BiPなどのシャペロン蛋白遺伝子のプロモーター部位にあるUPR elements (UPRE)に結合し、これらのシャペロン蛋白誘導が行われる(Tirasophon et al, 1998; Wang et al, 1998)。さらに、成熟XBP1はEDEMなどのERAD関連因子の誘導も行う(Oda et al, 2006)。
以上のように、ERストレスセンサーの活性化は結合していたBiPが離れることにより生じるという共通のメカニズムが想定されている。

4)うつ病の拡散テンソル画像を用いた病態検討

当研究室ではうつ病患者および健常者のMRIによる拡散テンソル画像を撮像し、解析を進めている。特に、白質におけるうつ病による変化に注目しており、上記の分子生物学的な実験との融合を目指している(図)また、うつ病の生物学的マーカーの確立も目指している。






5)うつ病に対する認知行動療法の実践と科学的検証

厚生科研「「認知行動療法等の精神療法の科学的エビデンスに基づいた標準治療の開発と普及に関する研究」(大野裕班長)に分担研究として参加し、認知行動療法の科学的検証を上記の拡散テンソル画像を用いた手法で検討していく。

6)睡眠関連疾患と認知症の病態解明

レム睡眠行動異常症を主とする睡眠関連疾患は、認知症との関連が報告されており、その神経基盤の解明は、認知症の早期診断や治療介入にもつながることが期待されている。これまで、当該領域では神経生理学的手法を中心に研究がなされてきているが、今後は分子生物学的手法、脳形態・機能画像、神経生理学的手法を有機的に結びつけ、病態解明にアプローチすることを目指している。

7)時計遺伝子を用いた不眠、せん妄モデルの病態解明

不眠、せん妄の発症要因として、睡眠覚醒リズムの破綻が一つの大きな要因と考えられている。生物のリズムは体内時計により規定され、ヒトも例外なく体内時計が正常に働くことにより地球の24時間リズムに適応することができる。時計遺伝子はこの体内時計の機構を実際に動かしており、その機能を評価することにより、不眠、せん妄の疾病モデルに応用できると考えられる。分子生物学的アプローチも用い、この機構を明らかにすることを進めていく。

 

↑ ページの上部へ